みずべこどもの家保育園 ~七夕絵巻~

七夕は「たなばた」または「しちせき」とも読み、古くから行われている日本のお祭り行事で、一年間の重要な節句をあらわす五節句のひとつにも数えられています。

<ちなみに五節句とは・・・>
★1月7日:人日(じんじつ)の節句【七草の節句】七草がゆを食べて1年の無病息災を願う
★3月3日:上巳(じょうし)の節句【桃の節句】女子の健やかな成長、良縁、幸福を願う
★5月5日:端午(たんご)の節句【菖蒲の節句】立身出世を願う男の子節句
★7月7日:七夕(たなばた・しちせき)【笹の節句】
★9月9日:重陽(ちょうよう)の節句【菊の節句】秋の収穫を祝い、菊酒で体を清め長寿と健康を祈る

毎年7月7日の夜には、願いごとを書いた色とりどりの短冊や飾りを笹の葉につるし、星にお祈りをする習慣があります。織姫と彦星の再会を祈り、天の川を見上げるというのも楽しみの一つです。

みずべこどもの家保育園でも毎年、笹に短冊や子どもたちが作った七夕飾りをつるし、七夕会で日本の伝統や文化に触れています。


今年も七夕会に向けて、職員手作りの素敵な絵巻が完成しました。

七夕の由来は諸説ありますが、こどもたちにもそれぞれの物事の意味や由来を伝えながら、製作や活動に取り組んでいます。



★☆★☆★ 七夕の由来 ★☆★☆★

★七夕と書いて【たなばた】と読むのは?
→古い日本の行事「棚機(たなばた)」が由来といわれている
「棚機(たなばた)」とは古い日本の禊ぎ(みそぎ)行事で、乙女が神様のための着物を織って棚にそなえ、神さまを迎えて秋の豊作を祈ったり人々のけがれをはらうというものでした。そのときに使われたのが「棚機」(たなばた)」という織り機です。 やがて仏教が伝わると、この行事はお盆を迎える準備として7月7日の夜に行われるようになりました。
★織姫と彦星のお話どこから始まった?
 →中国で生まれたストーリー
琴座のベガと呼ばれる織女(しょくじょ)星は裁縫の仕事、鷲(わし)座のアルタイルと呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星は農業の仕事をつかさどる星と考えられていました。
この二つの星は旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることから、中国でこの日を一年一度のめぐりあいの日と考え、七夕ストーリーが生まれました。
★日本の七夕はいつ始まった?
→「乞巧奠(きこうでん)」が日本に伝わり七夕行事がはじまった
「乞巧奠(きこうでん)」は、中国の行事で7月7日に織女星にあやかってはた織りや裁縫が上達するようにとお祈りをする風習から生まれ、やがてはた織りだけでなく芸事や書道などの上達も願うようになりました。平安時代にその話が日本に伝わると、宮中行事として七夕行事が行われるようになり、古くから神聖な木とされた梶の葉に和歌を書いて願いごとをしていました。
★短冊はなぜ五色?
→「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素にちなんだ色
中国には古代より、木・火・土・金・水の五つの要素によって自然現象や社会現象が変化するという学説があり、五色の短冊はこれにちなんだ緑・赤・黄・白・黒です。
日本では、江戸時代になり七夕行事が五節句の一つとなると、庶民の間にも広まりました。乞巧奠(きこうでん)で使われた梶の葉はなかなか手に入らず、かわりに五色の短冊に願い事を書いて笹竹につるし、星に祈るお祭りに変わっていきました。